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同級生対決は船井が劇的なKOでタイトル奪取!

23Mar2017

かつて高校のボクシング部を創設した二人が、その15年後、日本の頂点をかけて戦うことになるとは、当時、誰が想像しただろうか。そんなドラマのような一戦が22日、東京・後楽園ホールで行われた。

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二人は都立港工業高校(現・都立六郷工科高校)で出会った。中学時代からボクシングを始めた中川健太が船井龍一を誘い、ボクシング部を創設。二人はボクシングを通じて青春時代を共に過ごした。卒業後、中川は2004年12月に、船井は2005年2月に別々のジムからプロデビュー。中川はプロ3戦後、就職を機に6年のブランクを作ったが、船井はコンスタントに試合を重ね、これまで2度のタイトルマッチ経験を含む(いずれも敗戦)34戦のキャリアを積み重ねてきた。中川は船井の活躍に触発され、2011年9月に現役復帰。復帰初戦は敗れたものの、引き分けを一つ挟んで7連続KOを含む11連勝9KOの快進撃。前戦では船井の同門、木村隼人(ワタナベ)を下し、プロ16戦目で日本王座を手にした。

サウスポー中川のフィニッシュブローは『サンダーレフト』と称される左ストレート。突如リングに稲妻が落ちたかのようなインパクトから名付けられた異名である。一方の船井は、中川のようなインパクトはないものの、前足の柔らかい膝を起点とした様々な角度から繰り出される多彩な左ジャブが持ち味。いわば『バリアングルレフト』。一発当たりさえすれば即座に試合が終わる『サンダーレフト』か、それとも相手にボクシングをさせず、ペースごと飲み込んでしまう『バリアングルレフト』か。さらに同級生をその拳で殴り切れるのかといった心理面も含め、大きな注目を浴びる一戦のゴングが鳴らされた。

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序盤は様々なフェイント等駆け引きが激しく交わされる。それはまるで、親友に拳を打ち込むことを躊躇するかのようなヒリヒリした空気感であった。1回、偶然のバッティングで中川が眉間をカット。試合が動いたのは2回。船井の多彩な左からの右ストレートが中川にヒット。中川の腰が落ちたが、クリンチでしのぎきる。3回からは船井のいきなりの右が当たりはじめ、徐々に船井ペースになりかけたところ、腹を決めたかのように中川が左を振りはじめる。

5回の公開採点は2者が49-46で船井。48-47で中川。採点を聞いた中川は6回、更にペースアップ。強引に左を打って出るが、その左に合わせるように船井が大きく左フックを放つ。本来ならは細かく早く組み立てるプランの船井陣営。想定外の大きな左から、中川も更に大きく左を振り回すようになる。中川の攻撃が雑になったところを船井は見逃さなかった。すぐさま左ジャブ、ワンツー、ボディーと細かく連打しポイントを稼ぎ、さらにラウンド終盤に当たった右で中川は大きくロープまで後退。

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迎えた7回、勝負のラウンドと覚悟を決めた中川がリング中央にダッシュ。強引に左を振るが、船井は冷静にボディを叩く。体をくの字にさせ、コーナーに後退した中川を船井は更に追撃。ラウンド終了間際、中川の右に合わせるように船井の放ったコンパクトな右がハードヒット。中川は崩れるようにキャンバスに沈んだ。ロープをつかみ必死に立ち上がろうとした中川であったが、力尽きロープからグローブが離れようとした瞬間、タオル投入。7回2分59秒KO。船井が3度目の正直で初戴冠を成し遂げた。船井はすぐさま中川のコーナーに向かい、ひざまづき中川を抱きしめ「ありがとう」。そう一言だけ告げた。中川も「ありがとう」。そう一言だけ返した。

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歓喜の控え室と思いきや、インタビュアーに向かって船井はうつむきながら「言葉に出せない感情がそこにはあった。今思い出すと、一発一発が心にしみる。もう二度と戦いたくない。」と語った。初のKO負けを喫し試合後の検診を終え、船井の控え室を訪れた中川は、躊躇し言葉の出てこない船井に対して「ありがとう。強かった。おまえのことを尊敬している。」と語りかけ、固い握手した後、船井の肩で涙を流した。控え室に集まった関係者たちは皆拍手をした。そして中川は「明日ラーメン食べにいこうな。」と笑って控え室を後にした。潔く、さわやかな背中だった。

16歳で出会い、共にボクシングに夢を見た二人が15年の歳月を経て交わした拳と言葉の一つひとつ。ボクシングというスポーツの残酷さと美しさをそこに見た気がした。

新王者となった船井は、戦績を34戦27勝(19KO)7敗とし、初防衛に失敗した中川は17戦13勝(9KO)3敗1分けとした。

Text: H.Hinomoto
Photo : NAOKI FUKUDA

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